タニノクロウ・庭劇団ペニノ『地獄谷温泉 無明ノ宿』(2016年) ©いのうえよしかず◆ケーススタディ：タニノクロウ作『地獄谷温泉 無明ノ宿』（2015年初演）を通して、大人の観客を対象としたオブジェクト上演が、価値観の探求、郷愁の念、文化・伝統への愛着、他者性、不気味さの力学等が社会批判としての大きな効用があることを示します。タニノの舞台ではモノは豊かにその存在を披露しています。『地獄谷温泉無明ノ宿』では、パペットのホムンクルスと廻り舞台が作品の意味を解明する上で重要な役割を果たしています。北陸地方の古い温泉宿に人形イベントを依頼された人形遣いが東京から訪れるが、宿の主人は行方不明、温泉オタクが勝手に施設を憩いの場として利用しています。コケにされた人形遣いはそこでたまたま出会った芸妓と互いの芸を披露することになります。まず、この作品の文化的背景を整理するために、文化人類学者マリリン・アイビーの「消失」（vanishing）と「幻影」（phantasm）の概念を使い、人形のホムンクルスを現代の不気味さを知らせるものとして位置づけます。アイビーの「消失」は、過去の痕跡が再生へのノスタルジーを刺激することで、ある生活様式が「消えそう、消えそう、しかし完全には消えない」という意識を指します。アイビーの見解では、文化的にマイナーな地域を発掘することにより、明治時代以降、近代化への冒険の中で、日本人は伝統の喪失をせずに、国民文化のアイデンティティの持続性を育むことができたとします。このような操作は、はとバスの観光ツアーや他の文化産業によって、日本の資本主義的近代化の標準的な側面として今でも行われ続けています。この作品の舞台は劇作家自身の故郷でもある北陸地方であり、経済発展と近代化から取り残された山岳地帯というネガティブなイメージを引きずっています。1997年に建設が始められた北陸新幹線は東京と新大阪を遠回りに結ぶ役割を果たし2020年代に完成予定です。劇の冒頭のタニノの献辞は、建設工事中に起きた様々なトラブルを暗示しています。同時に、この劇の焦点は、所謂伝統を実際に復活させ、国の文化のイメージを安定させるための戦略や、新幹線の到来が間近に迫っていることによるテクノロジー新時代の祝祭よりも、消えゆく人々、慣習、職業、場所の文化的疎外の描写（enactment）にあります。そして、アイビーが皮肉を込めて指摘するように、重要なのは「失われたものを復元することは不可能であるだけではなく、喪失そのものよりも歓迎されない」（1995年）。- 65 -
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